2014年03月14日

ミルトン・フリードマン

ミルトン・フリードマンは新自由主義の代表として
多くに人に悪魔のように言われている。
確かに新自由主義を標榜した人々には、人を単なるコストとしかみない
拝金主義者が企業家にも政治家にも多く、金持ちだけが正しいという
観念に取り憑かれた人も多い。
格差社会は、その結果である事も確かだ。
しかし、ミルトン・フリードマンの言動を良く検証すると、
極めてまともな論をしている。
彼は、ケインズ経済学を実行する政府の役人の問題をあげ、
市場に任せたほうがちゃんとすると言っているだけの様な気がする。
学者は理論は説明できるが、運用は政治家や企業家だ。
往々にして学者は性善説をとりがちだ。
ケインズもマルクスも、基本的には人間は善と考えて理論を構築している。
フリードマンもそうなのだろう。
しかし、それを利用する面々が問題なのだ。
例えば、切れる包丁を作ったとして、それで殺人が行われても、
問題は包丁を作った人でなく、その使い方を誤る人間の問題だろう。
新自由主義が闊歩し始めた頃、松下幸之助は松政経塾を作ろうと決めた。
80歳になった時だ。彼はこの様な事を言っている。
「これからは、経済人の努力だけでは良い社会は出来ない、
ちゃんとした理念を持つ政治家が出ないと、経済がおかしくなる。」
ここで言う経済は、経世済民だ。
つまりアホに税金を使わせさせるなという事だ、ホンマに先が見えた人だ。
そこから40年、今の日本だ。ふ~う。



Posted by 昔のシステムエンジニア at 10:00│Comments(0)経済
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
ミルトン・フリードマン
    コメント(0)