2011年09月28日
経営の神様
故松下幸之助さんを経営の神様と言ったのだが、私自身それは、彼が経営が上手い人
という事の尊称だと思っていた。
だから、彼の残した本の中でも禅問答の様な内容については、彼独特のユーモアだろうと
信じていた。
例えば、「雨が降れば傘をさす。」などというのは、当たり前の事をしろという風にだ。
最近、昔読んだ宗教の本を読み返す機会があった。
宗教の本というのは、高度な道徳を身につける事によって、より高い次元で物事の判断をすると、
物事の本質が見える、という事で、神様の視点に近づこうというものだ。
そのような本を読みながら、松下幸之助さんの本を読むと、この人は本気で神様の視点で
経営をしようとしていたという事が解って来た。
だから常に自分を高める工夫をして、最も公(おおやけ)な人間になろうと努力したのだろう。
経済は戦争と同じで、一つ間違えば多くの人命を失う。
それに真摯に向き合い、「動機善なりや、私心なかりしか」と問うていた人だ。
だから経営の神様ではなく、神様の経営を目指した人だった。
経営戦略が、外国勢相手にしてもびくともしなかったのはその事による。
もし彼が新興宗教をやっていたら教祖になっていただろう。
しかし、私心のみで経済を動かす輩が、現在の世界を経済の混乱を起こしているのだ。
こんな時こそ、幸之助さんの残したものを見直す事から、次の世代に残すものが見えてきそうだ。
という事の尊称だと思っていた。
だから、彼の残した本の中でも禅問答の様な内容については、彼独特のユーモアだろうと
信じていた。
例えば、「雨が降れば傘をさす。」などというのは、当たり前の事をしろという風にだ。
最近、昔読んだ宗教の本を読み返す機会があった。
宗教の本というのは、高度な道徳を身につける事によって、より高い次元で物事の判断をすると、
物事の本質が見える、という事で、神様の視点に近づこうというものだ。
そのような本を読みながら、松下幸之助さんの本を読むと、この人は本気で神様の視点で
経営をしようとしていたという事が解って来た。
だから常に自分を高める工夫をして、最も公(おおやけ)な人間になろうと努力したのだろう。
経済は戦争と同じで、一つ間違えば多くの人命を失う。
それに真摯に向き合い、「動機善なりや、私心なかりしか」と問うていた人だ。
だから経営の神様ではなく、神様の経営を目指した人だった。
経営戦略が、外国勢相手にしてもびくともしなかったのはその事による。
もし彼が新興宗教をやっていたら教祖になっていただろう。
しかし、私心のみで経済を動かす輩が、現在の世界を経済の混乱を起こしているのだ。
こんな時こそ、幸之助さんの残したものを見直す事から、次の世代に残すものが見えてきそうだ。
Posted by 昔のシステムエンジニア at 09:35│Comments(0)
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