2021年03月29日

花のシーズン

いよいよ桜が満開になった、清水は昨日の雨が恨めしい。
ただ当社の事務所から見える桜はこれからだ。
今年は外へ出ての研修が無く、事務所でのテレビ研修なので、
ある面気楽に花見ができる。
ただ世情は、コロナでどことなく重く、飲食業の経営者を想うと気が重くなる。
どうしようも無い事とは言え、忍耐とか我慢とかという言葉が空々しい。
こんな時は、せめて花見で憂さ晴らしといきたい。
♬酒を飲む人花なら蕾、今日もさけさけ明日もさけ♬
三遊亭円楽、が軽妙な語りで言うフレーズが懐かしい。
ただ明るいだけでなく、押さえた明るさは、勇気がもらえる。
5代目円楽が良い。
オリンピックを中止しろと騒いでいる人もいるが、
参加できない国は、仕方がないし、テレビ観戦で良いではないか。
今はYOUTUBEもあるし、
アスリート達の姿を見る事は、とても価値があると思う。
聖火ランナーを辞める人もいるが、
私なら絶対辞めない喜んでやる。
だってオリンピックは参加する事に意義がある。
自分が誰かの励みになるのであるなら、どこまでも頑張る。
それが日本人的だと思う。
古賀稔彦ならそうする。
彼の背負い投げは世界一。見れないのは残念至極。
そして合掌
  


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2021年03月19日

小さいものクラブの大冒険

アニメでおじゃる丸というのがあり、
まったりとした物語で結構気に入っている。
その中に小さいものクラブというのがあり、小さな生き物がクラブを作っている。
それが可愛い事ばかりでまったりと終わる。
どうもアニメの中から飛び出して、マスコミを賑わせている。
森さんをJOCから追いだしたのも変な圧力だったが、
今回の渡辺直美の演出のプロデュサーの発言は、公の席というより
クローズされた打ち合わせの中でのアイデアであり、冗談に近い世界のモノだ。
それをマスコミが取り上げて大騒ぎした。
まるで小学校のクラス会で、~ちゃんは、xxxさんの悪口を言っていましたレベルの話で
小さな話を大事にしているとしか思えない。
そしてまた小泉ジュニア君、デージンになったのが余程うれしいらしく、
レジ袋で味をしめプラスチックの食器を有料化するという。
まず、やるのは今ではないだろう、使い回すレジ袋も、食器もコロナには危険だ。
しかも環境の影響も微々たるもので、私は関係ないと思っている。
環境デージンなら、原発反対で狂っている親父を押さえろ、
環境優等生の原発を稼働させないようにしている親父を(あのアキ菅も)。
ジュニアのやっているのは、水虫を革靴の上からかいているレベルで
小さいものクラブに十分入れる。
官僚は楽で良い、神輿の上がアホだと軽くて良い。操作も簡単。
こんなデージン何時まで続く、こんなマスゴミ何時まで続く?
ウイグル族のジェノサイドなどと言う言葉は、内閣、マスゴミ何処にもない。  


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2021年03月17日

富士が映える日

富士宮、大石寺からの富士山


田貫湖からの富士山



  


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2021年03月13日

もうひとつの3.11

3.11が起きた時、朝日新聞は現場の作業員が卑怯にも逃げ出したと報じた。
当時の菅首相は逃げるなと凄んで見せたが、全てでっち上げだった。
先日テレビでもfukushima50が上映され、
吉田所長以下多くの原発の作業員たちは己の責任として命を懸けて対処した。
その時年配者の決死隊が出来たという。

それがこれ爺の決死隊。


未来がある若い作業員の放射線をあてられないというのだ。
後にこれらを門田隆将氏にすっぱ抜かれて、
朝日新聞は小さな訂正記事を出し、菅直人は言葉を濁して逃げた。
人を批判する人間は己が尺度という事が解った事件だ。
fukushima50のその裏で2人の若い作業員が亡くなった。
東京電力の社員、小久保和彦(こくぼ かずひこ)さん(24)と寺島祥希(てらしま ゆうき)さん(21)だ。
二人は地震のの後、逃げるどころか原発の損傷を確認に現場に飛び
運悪く、津波に飲み込まれた。
遺体は何か月後に見つかったが除染が必要だったという。
吉田所長はそれを知りながら、目の前の原発のコントロールに必死だっただろう。
後に知ったのは、この時吉田所長は末期がんだったそうだ。
天は吉田所長と、健気な現場の所員の努力を了として、危機は免れた。
奇跡と言って良い結果だった。
私は、この時東京電力とは無縁ではなかった。
若い社員を対象に仕事への使命感を伝える研修の講師をしていたのだ。
主に3人の講師で延べ数千人に対して行った。その中にこの2人は入っていた。
彼らは未熟な私の様な講師が話した内容以上に見事な使命感を示し
短い人生に幕を下ろしたのだ。
吉田所長は私と同い年、彼の想いはこの2人にたいしても、いかばかりかと思う。
ご両親から預かった若い2人を死なせた重さは、どうだったろう。
所長も事故から2年を待たずして亡くなった。
天国で若い部下と酒でも飲んでいるのだろう。
私は、若い二人に使命感について話していたが、
実は使命感に気づかされたのは、むしろこの若い2人からだった。
この十年勉強させられたのは、私の方だったのだ。
それこそが、私の中の3.11.
合掌。
  


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2021年03月11日

10年目の3.11

本日は、東日本大震災から10年目、
長かった様でもあり昨日の事のようで有り、あの日から10年を想う。
10年前の3月私は大学院の論文の発表会を終え、
あとは卒業と思い、あれをやろう、これもしたいと思っていた。
それを打ち消したのが、あの3.11だった。
2004年のスマトラ島沖地震で大きな津波のビデオを見て、
世界では、こんなまるでアニメでしか起きない様な津波があるんだなぁと思った、
あの津波が、まさか日本で起きるとは、そんな思いでテレビに映る惨状を
ただただ見ていた記憶がある。
其の後、経営者の団体やら、大学院の仲間が、どんな支援が出来るか
なにが必要かと、多くの動きがあったが、その大半は機能しなかった。
気分だけが空回り、結局1000年に一度という想定外に
誰も対処していなかったという事だった。
民主党政権、菅直人の酷さは、我々は如何に政治を疎んじていたか、
彼らの跋扈は、我々に未熟さの結果である事を思い知った。
そして時を経ながら解った事は歴史の大切さだ。
東北に人たちの中に言い伝えていた「てんでんこ」という事。
後に亡くなった東北の友人が言っていた。
災害の時は、まず自分の身を護る事を考える事、
他人の事をおもって確認していては逃げ遅れるという事だ。
そして、被災者支援の時、被災した当事者が他の被災者に思いやる姿。
「自分は良いので、もっと苦しんでいる人がいる。」そんな背筋がしっかりした日本人。
亡くなった師匠がそれをみて、「日本人も正気になった。」と言った。
これらが契機で日本社会が、日本人が持つ本来の姿、
歴史とは何なのか、グローバルなどと「我良し」に明け暮れる
金儲け亡者の真似をする、現代日本人に神からに警告と思える。
1000年後に備える防波堤をナンセンスと笑った支那人、蓮舫をあざ笑う様に
その防波堤が多くの日本人を救った。
尊い多くの同胞の命を代償の教えを大事にしたいものだ。
本日は、震災で亡くなった方々の鎮魂と、
この10年に亡くなった友人・親類・母・そして師匠を想う日
合掌  


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2021年03月09日

おかしな教師

学生時代に友人が怒っていた事があった。
理由を聞くと、彼の知り合いが教師になって、
その人が自分の事を先生と呼ぶというのだ。
本来、先生というのは敬語であり他人に使う事はあっても自分に使う事はない。
子供に常識を教える教師がその程度である事が問題だというのだ。
なるほどと思いながら教師の人の話を聞くと確かに職業として
教師とか講師を先生と呼んでいる様だ。
その時は、教師が幼稚化したと思ったものだ。
親からすれば子供を人質に取られているので、あまり指摘は出来ないが
学卒で社会経験のない人達が教師になる事の弊害がある気もする。
先日、ある教育者の話を聞いた。
彼は、本当の日本人の姿を子供に伝えたいと奮闘している。
自分の力で考える子供を作りたいと言うのだ。
その為に、多くの教材を作り考えるヒントと共に子供に示している。
その人が言うのに、たまにおかしか教師がいるという。
そのおかしな教師は、その教育者に向かい、ヒントを与えているのは誘導であり、
自分は問題自体を子供に作らせて、それで発表させている。
自主性を最も大事にしていると答えたと言うのだ。
なるほど机上の理屈では、そうかも知れないが、
子供の身になって考えれば惨い話だ。
子供は教師より立場が弱い、採点される側である事を理解している。
つまり教師が〇をくれる答えを忖度するというのだ、
それこそが自由な判断ではなく誘導だという。
なるほどと思った、ほんの数年だが学生相手の教壇に立った事がある。
その時感じたのが、学生がえらく忖度してくれた事だ。
その上で胡坐をかいている気がしたのだ。
私が所属する社員研修の世界では、研修が終わるごとアンケートを取り
受講生の評価が低ければ、次の仕事が来ない。
有名大学の先生であっても、評価は受講生が行うので、
大学のの先生で講師を続けている人は誰もいない。
あえて問題があるのは、教師の方が生徒の点数稼ぎをやる場合がある
まあ芸人の世界に近い。
いままでそんな教師も見てきたが5年位で姿を消す、10年は持たない。
やはり生徒というのは、厳しい評価人だ。
20年30年のキャリアの講師は、誠実で勉強好きな人の様に思う。
生徒は怖い、しかし、正直だ。
  


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2021年03月05日

教育とは考える訓練

もう鬼籍に入ってしまったが、師匠と先生と呼んでる人が居た。
生きていれば100歳を超えているので、戦前の教育を受けた人で、
その時代のエリート教育の話を良くしてくれた。
二人とも話が面白く、ちっとも偉そうな話し方をする人では無かった。
多くの時間私は金魚の糞の様について行き、
食事の席や酒の席で話を聞くのが好きだった。
今思うと、何かを教えるとかという事は無く、現実にあった事を淡々と
話す事も多かった。
師匠は帝国陸軍の将校で、先生は帝国海軍の将校で、
時には二人で、あの戦争で負けたのは陸軍の問題だとか、
いや海軍の問題だとか言っていたが、
二人はその話を楽しんでいる様でもあり険悪な雰囲気は微塵も無かった。
そんな二人に多くの質問をすると、
まず事実を確認してから、君はどう思うのかね、とか
君ならどうするかかねと質問が来る。
そして一生懸命答えると、目を細めて「それでいい」とか「いいねえ」とか
それだけで終わる。
ただ自分でも解るのだが、曖昧な物言いだと、特にコメントをしない、
ただ忘れた訳でなく時間を置いて、あれはどうだっけと来る、
このやり取りをしたのは、お二人とも80歳近くだったので、
忘れられていたのかと思っていたが、今思えば確信犯だと思う。
もっと考えろという事だったのだ。
今、その時考えた事が自分の基本となっている。
師匠も先生も見事な教育者であると思う。
教育している事はおくびにも出さなかった。
自分より大きな人に包まれている時は幸せなものだ。  


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2021年03月04日

権威と権力

世界広しと言えど日本が権威と権力が別れている事を
理解している人は、案外少ない。
これが実は日本の一番優れている事だと私は信じている。
権威と権力を一緒にすると独裁者という事になる。
この独裁者が良い人だったら良い王国ができる、
ただそれを受け継いだ王が良い人が続けば良いが、
我が事のみを大事にする人であったら、部下が不満を持つし、
それが酷ければ下克上や革命となる。
だからヨーロッパは革命で多くの血が流れ、悪政も蔓延る。
中国はそれを4000年以上繰り返しているが、良い王が出てきた事はない。
だから今の王、習近平も悪口を言われてくらいで、政敵を粛正する。
日本の安倍さんやアメリカのトランプさんも悪口は言われ放題だ。
だがそれで殺されて人は居ない。
普段は権威と権力が分かれる状況は無いが、アメリカの大統領選は、
トランプさんが8000万票を取り、民衆の支持をを取ったが不正選挙で
バイデンが大統領になった。
アメリカは、権威がトランプで権力がバイデン爺さんの後ろの人になった。
ボケたバイデン爺は何をするか解らん。
アメリカが大変だ。
しかし、日本は世界最古の時代から、権威は天皇陛下で、
天皇陛下に任された人が、権力を握る。
国会で陛下が総理大臣を任命するのは、その形だ。
天皇陛下は国民の安寧のみを望まれる存在であり、
国民はその為に安心できるのだ。
この仕組みを考え付いたご先祖様達は何と凄い事か、
ただ問題は日本の教師がこの事を子供に教えない事と
この任された人が人材不足の時だ。
戦後利得者は天皇陛下の価値を貶めようとしているが、
日本の国の宝はこの仕組みだ、だからこそ陛下は有難いのだ。
それを反対する嫌な連中が日本の国に居て欲しくない。
彼らは生まれ故郷に帰れば宜しい。
日本が嫌いな日本人も好きな国に行けばよろしい。
日本は日本を愛する人たちのものだ。  


Posted by 昔のシステムエンジニア at 17:52Comments(0)日記

2021年03月03日

老後は中国で介護を

日本で普通の年金を貰える人なら中国で夢のような介護が受けられるとか、
大臣までつとめられて野田聖子先生が、韓国政府などと連携し、
自民党・公明党の国会議員の皆様も賛同しているとか。
もうすぐ介護という我々は、なんと心強い事か。
日本人の介護人の募集も始まっているという。
ただ聞こえてくる噂では、中国共産党政府の目的は、
日本国の年金と国民の、ため込んだ預金を中国国内で使わせる事とか、
これも噂だけれど、中国共産党は法輪功信者やウイグル人の内臓を
抜いて売っているとか、
最も我々の様な、酒やたばこでダメージを貰っている居る内臓は取られないか。
それに大した預金や年金を持って居ない私には、お呼びで無い。
そりゃそうだ。これまた失礼致しました。
私は、将来は父母の入って居る墓の土になりたい。
生まれたこの地で、最後を迎えたい。それで良い。
海外で最後を迎えた人は止めないが、不審死だけはいやだなぁ。
と思うこの頃、富士山が見えない所で最後なんて・・・。  


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