2011年05月23日

日本的集落

前回、太地町について、外国人の嫌がらせについて書いたが、
別な意味で考えさせられた。
太地町では、まだ日本の集落の昔の風習が残っていて、
鯨が取れたら、その肉を働けなくなった老人の家、鯨をとっていて亡くなった人の遺族。
などに分け隔てなく配っているとの事だ。
これは、今回の震災の後、地元に残って故郷を盛り返そうと頑張っている人たちにも通じる。
自分さえ良ければ、隣近所どうでもいいという人たちの対局にある日本人らしい集落の
特徴なのだ。
特に鯨は、賢く強い生き物、それを食料にするには多くのリスクを伴い、
多くの人の命と交換したのだろう。
だから残された家族や仲間を大事にし、皆んなで生きてきたのだろう。
鯨にも、敬意を表し、慰霊塔もあり慰霊祭も行う。
それは、鯨がりで命を落とした人の鎮魂でもある。
このような日本的文化の美点を、外国人の横暴さで無くさない様にと切に思う。
しかし、清水ではイルカを食べるけど、京都人に野蛮人と言われた。(怒)
だんだん、そんなにわか知識人がふえるのだろうか。  


Posted by 昔のシステムエンジニア at 13:38Comments(0)日記

2011年05月23日

違う事は悪か

NHKで鯨の町太地町の事をやっていた。
例のグリーンピースの人間や環境団体の人間が漁師に嫌がらせをして、
怒った所をビデオや写真に撮ろうと狙ったいる。
困り果てた漁師は警察を呼んだが、彼らは知らん顔して解散する。
まるで神経戦の嫌がらせだ。
その中で、漁師に金を出し10万円渡すから、鯨を殺さないでくれという。
漁師は相手にしていなかったが、彼らのスタンスが良くわかる。
彼らは、散々油を取るために鯨を殺戮してきた。
そして、油以外は海に捨てて、鎮魂の作法もない。
石油が出てから、その必要がなくなり、鯨は賢い動物だから殺すなという。
鶏や豚や牛は、賢くないから殺していいのか、と思うのだが、
あれは神が与えた食料だときたもんだ。
これらの発想は一神教から来ている。正しい事は一つしかないのだ。
だから正しくないから攻撃する、そして戦争を起こす。
多神教の日本では、相手の違いを認めて、お互いに邪魔をしなければ認め合う。
これは日本の財産だと思う。
みんな違ってみんないい。その哲学が広がれば、世界は平和なのだが、
そんな日本は世界の超少数派であることが問題だなぁ。  


Posted by 昔のシステムエンジニア at 09:48Comments(0)日記